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仙台高等裁判所 昭和33年(ラ)11号 決定

抗告人 小笠原大一

相手方 小笠原信儀

主文

原決定を取り消す。

抗告人と相手方間の青森地方裁判所八戸支部昭和三二年(ヨ)第一八号不動産仮処分申請事件につき昭和三三年二月一〇日同裁判所が抗告人に一、〇〇〇、〇〇〇円を供託させてした担保決定はこれを取り消す。

申立費用は第一、二審とも相手方の負担とする。

理由

抗告理由は別紙記載のとおりである。

記録を調査するに、昭和三二年三月二八日抗告人の申請により青森県上北郡十和田町大字奥瀬字黄瀬山国有林山林一八九町二反四畝八歩九一林班い内、九三林班い内、九四林班ろ、は、に、ほ内の立木につき、一、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供することを条件として処分禁止の仮処分決定(昭和三二年(ヨ)第一八号)がされ、これに基いて抗告人が一、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供託して仮処分を執行し、その本案訴訟が係属したが、他面抗告人は相手方らを相手方として右係争権利関係その他亡小笠原八十美の遺産につき遺産分割の調停の申立をし、(昭和三二年家イ第二三号)同年六月一日右仮処分の目的物件は抗告人ほか数名の共有とする、相手方は抗告人に二、〇〇〇、〇〇〇円その他一定の金額を交付する、などの条項で調停が成立し、右本案訴訟はその後休止満了で終了したことが認められる。

民訴一一五条一項の「担保の事由止みたる」ときとは、担保を供したうえですることを許された行為が終局的に是認され、担保供与者に有利に確定し、したがつて相手方のために損害賠償請求権が発生する可能性が絶無であるか少くとも稀有と認められる場合をいうのであつて、担保を供して仮処分決定を得、これに基いて執行した債権者が本案訴訟で勝訴しこれが確定したときは、担保の事由が止んだときに該当することはいうまでもない。調停は互譲によつて当事者間に存した紛争一切を止めることの合意であるから、判決のように当事者の勝敗を明らかにするものではないが、ともかく調停は右のような目的でされるものであるから、仮処分の係争権利関係について調停が成立した以上、債務者が特に右仮処分による損害賠償請求権を留保するとか、その他特段の事由のない限り、これを行使しない旨の合意も含まれているものと解するのが当事者の真意に添うものといわなければならない。本件当事者間の前記家事調停については右特段の事由があるものと認められないから、前記担保の事由は右調停成立と同時にやんだものといわなければならない。しかるに原審は、本件は民訴一一五条三項の場合に該当するとの見解に立ち、相手方に権利行使の催告をし、相手方がこれに応じて損害賠償の訴を提起したゆえをもつて、抗告人の担保取消の申立を却下したのは不当であつて、取り消されるべきである。

よつて民訴四一四条、三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 斎藤規矩三 羽染徳次 佐藤幸太郎)

(別紙)抗告理由

右当事者間の青森地方裁判所八戸支部昭和三二年(モ)第一五八号事件決定に対する抗告の理由は左の通りである。

一、抗告人の父で、相手方の義父である亡小笠原八十美の遺産である山林を相手方が文書を偽造して、自己単独名義に登記したので、抗告人がその登記抹消の訴を提起し、之と同時に、処分禁止の仮処分を申請し、この仮処分事件の担保として供託したのが、本件担保である。

二、抗告人は右訴訟提起後、家庭裁判所に遺産分割の調停を申立てた処、相手方は右山林が亡小笠原八十美の遺産であることを認め、分割の調停が成立した。(青森家庭裁判所十和田出張所昭和三二年(家イ)第二三号)

三、調停は和解と同時に当該の問題に関する紛争を一切解決するものである。故に調停条項に仮処分による損害に関する取きめがない限り、之を請求しない趣旨と解すべきであり、右調停には之に付て何等の取きめがない。

故に、原裁判所は抗告人から担保取消の申立があつた場合、直ちに取消の決定を為すべきで、相手方に権利行使の催告を為し、之に基いて、損害賠償請求の訴訟の提起があつたからとて抗告人の申立を却下したのは、違法である。

(原告全部勝訴の判決が確定した場合には催告を為さず、取消をなすべきことについては、判例学説の一致せる見解である。

大決昭和一〇・七・三一、兼子、判例民訴法一五九事件評訳其の他判決に於ては、訴訟提起当時は理由がなく口頭弁論終結当時に至つて理由が生ずる場合もあり得るので、調停成立の場合は、判決の場合より強い理由を以て直ちに取消すべきである。)

四、抗告人主張の以上の事実は、御庁昭和三三年(ネ)第四三号仮処分決定取消の判決に対する控訴事件記録によつて明白である。

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